「多様性の科学」を読みました

年末年始、暇だったので「多様性の科学」という本を読みました。この記事はその感想をつらつら書こうというものです。

多様性

多様性という言葉が声高に叫ばれてからどのくらい経ったでしょうか。
感覚的には多様性が重要(らしい)ということは現代に生きる人間であれば重々承知していることと思いますが、果たして多様性はこの社会においてどの程度重要なのでしょうか?

例えばこの記事を読んでくださっているあなたの会社組織において、多様性に富む社員構成になるとどんないいことがあるのでしょう?  

本書では、色々な実験結果や事故・事件を取り扱いつつ、多様性の持つ力をつまびらかにしていこうとする内容になっています。

異なる視点を持つ

組織に属している以上、諸々の問題ということから逃れることはできません。そして、現代の問題は、一昔前と比べると非常に高度かつ複雑化しています。
そういった問題を一人(もしくは一様的な組織)の力で解決に導くことは かなり困難になってきていることと思います。

そこで重要になってくるのは「多様な視点・思考から物事を見つめ直すこと」です。 様々な視点から問題を探ることで、新たな解決案や打開策が生まれることは想像に難くないでしょう。

異なる意見を受け入れる

多様性溢れる組織を目指すためには、当然ながら自分と異なる考えを持つ人間を受け入れる土壌ができていなければなりません。
これは組織にいる人間たち個人個人が意識していく必要があると考えています。

自分と似た人間を採用しやすい?

本書では、採用において「自分と似た傾向にある人間を採用しやすい」ことにも触れています。白人なら白人を日本人なら日本人を、といったところでしょうか。(かなり単純化していますが。)
これは、採用に限らず、例えば同じ都道府県出身の人間に対してシンパシーを感じる、のようなことが身近な例でしょうか。
その程度ならば良いのですが、これがひどくなってしまうと人種・性別など同じ属性を持つ人物を採用してしまう傾向が出てきてしまいます。これの厄介なところは「本人にその自覚がない」ということです。
意図して別の属性を持つ人間を排除しているわけではないので本人も気付きづらい、ということは頭の片隅に覚えておいたほうが良いでしょう。

とはいえ、「だからと言って同じ属性だから」という理由で採用しないということも考えものではあるのですが・・。

平均の罠

みなさん、平均は好きですか? 平均年収より高い、平均身長より低い・・平均という指標は、属している集団の中で自分がどの程度の人間なのか?を表すとても便利な数字だとは思います。
ただその一方で、「平均」という数字の持つ危険さも理解していなければなりません。 例えば本書では、航空機の座席設計をパイロットの身体的特徴の平均から割り出していたことが、航空機事故の原因のひとつになっていたという事例が載っています。
詰まるところ、平均に合致する人間がいなかった、という想定とは真逆の結果となってしまったのです。(結果として、座席の高さやレバーの位置をパイロット自身で調整できるような座席にすることで事故は減ったそうです。)

ここで重要なことは、「平均」は多様性とは反対の結果を生み出す、ということです。
身長の例で言うならば、日本で言えば170cm前後に従って家具などの設計をすることが一見合理的ではありますが、身長200cmに届くような方にとっては全くもって使いづらいものとなってしまいます。 多少極端な例となってしまいますが、平均の数値ばかりに重きを置いてしまうと、かなり視野が狭くなってしまうと言うことは注意しましょう。

終わりに

とりあえず読んでいて印象的だったところを抜き出してみました。
他にもたくさんあるのですが、これ以上書く元気がありません・・。興味のある方はぜひ読んでみてください。

多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織